見たいもの

その晩、思い立って、小旅行へ出発しました。
旅の目的は、「早朝の日光東照宮の空気を吸う」こと。

夜のうちに家を出て、栃木県へ向けて車を走らせました。

真夜中の高速道路。

少し休憩をするために、
パーキングに車を停めたその瞬間、
ドンドンドンドン!!と窓がたたかれました。
窓の向こうにいたのは、
つるつる頭の、色のついたメガネをした、
いかつい、おじさん。

「おい、こら!開けろや、このボケが!!!!」

わたしは一瞬で縮み上がりました。

こ、殺される。

夫はひょうひょうとした顔で、ドアを開けてしまいました。

巻き舌で、口汚くののしっている内容を聞いていると、
そのおじさんはパーキングに入る前、
わたしたちの車のうしろを走っていたらしく、
急な車線変更をしたわたしたちの「交通マナー」に腹が立っているらしい、
ということがわかりました。

夫は、淡々と、冷静沈着に、(そして、少々めんどくさそうに)
対応しましたが、淡々とすればするほど、
おじさんはヒートアップしていきます。

それまで隠れていたけれど、ここにきて、思い切って声を出しました。

「こちらの運転マナーが悪かったということですよね。申し訳ありませんでした」

おじさんの目をまっすぐに見て、わたしは、きっぱりと言いました。

おじさんは、わたしのほうを向き直って、
「そうそうそうそう!そうなんだよ!早く謝ってくれればよかったんだよ!!!」
と言って、少しほっとしたように、去っていきました。

カタチだけ見れば、
「たちの悪いおじさんがやってきて、チャチャ入れられて、しょうがなく謝った」
ストーリーです。

でも、わたしは途中から、まったく違うものを見ていたのです!!!

わたしが目を見て謝ったとき、、
それはたしかに謝罪の言葉のカタチをとっていたけれど、
その中にあるのは、もっと違うものでした。
それは、おじさんの怒り・恐れの奥にある存在に向けて放たれていました。

そして、おじさんの心は、わたしが放ったそれを、
ちゃんと受け取ってくれたのがわかりました。

この瞬間、わたしたちは、心でつながったのだなと、
はっきりと実感することができたのです。

それは、聖なる神殿です。

早朝の日光東照宮も、とても素晴らしかった。
けれど、
人と人とのあいだにあるこの「神殿」ほど、
尊いものは、ほかにありません。

それが、
それだけが、
わたしの見たいものです。

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