マルから教わったこと

新緑の季節でした。

往診の獣医師をしている夫のもとに、1本の電話がありました。

診察に行くと、
マルという名のその犬は、身体にできた腫瘍のため、かなり衰弱していました。

ゆっくりゆっくりと、いのちの灯が小さくなっていくマルを
家族は、必死で支え続けました。

もってあと1週間。

家族は、たくさんたくさん葛藤したけれど、最後に安楽死を選択しました。
夫もたくさん葛藤したけれど、マルと家族の最期のときを、見届ける決意をしました。

安楽死の処置がはじまっても、マルは、とてもたくましかった。
「この家族を守ってきた。」という威厳に満ちた顔でした。

目を真っ赤にしている家族みんなにお別れを告げて、
最期の瞬間、
夫の顔をぺろっとなめて、マルは眠りにつきました。

肉体が横たえられたその瞬間、
それは、とても静かで、あたたかくて、祝福された空間でした。

「僕はここにいるよ!ねえ遊ぼうよ!」

身体から抜け出て自由になったマルのスピリットが
ピョンピョンしているように感じました。

わたしたちは、
わたしたちというのは、残された側のことですが、
死にゆくものに対して、憐れみをもちます。
死んだあとも、「かわいそうに」「苦しかったろうに」と死者を”慰め”ます。

でも、マルが肉体から離れる瞬間に立ち会って感じたことは、
死者はまったくそんなふうに思っていないということです。

「いつ死んだか」だって「どう死んだか」だって、
ちっとも気にしてはいないし、
むしろ、スピリットとして生き生きとした輝きを放って、
わたしたちを見守ってくれています。

それを大切に受け取っていくことが、
わたしたちの役目なのだなと、
マルから教わったのでした。

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