道しるべ

これは、わたしと母の話です。
でもきっと、あなたと誰かの話でもあります。

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その年の夏、わたしは真っ暗な森の、奥深くにいました。
光の差し込む隙など一切ない、重くてどんよりした森のなかで、
出口はおろか、歩く道すらも見当たらず、
その場にへたり込んでしまっていました。

最悪のコンディションが数ヶ月続いていたある日、突然の母からの電話。
「用事のついでに、東京行くね!」と。

こんな抜け殻のような姿を見せるわけにはいかない。
心配かけるわけにはいかない。

わたしの自我は、このように言いました。

事情を話して、「今回は会えない」と断ったほうが、いいに決まっている。

でも、わたしには、何かに抵抗する力はもう残っていませんでした。
とにかくもう、完全なる降伏状態でした。

当日、渋谷駅で待ち合わせた母と、東京の人ごみのなかを歩きました。
カラ元気も出ず、言葉も出ず、汗だけが噴き出るなか、とぼとぼ歩きました。

日が傾いて、明治神宮にたどりついたとき、
ついに、もう、
歩みを進めることができなくなりました。

よれよれとベンチに座り込むと、わけもなく涙があふれてきて、
それは、もう、ちっとも止まりそうにないものでした。

母は、理由を聞くことはしませんでした。
隣に腰かけ、そして、背中をさすってくれました。
虫刺されで真っ赤になった足も、
「あらまー!」と言って、優しくさすってくれました。

その手の感覚が、一瞬のうちに、なにかを溶かしたのです。

母はいつもこうして手を広げて待っていてくれた。
わたしが身構えたり、攻撃的な態度を取っていたときも、いつでも。

これを知ってしまった瞬間、
それまでどうあがいても出れなかった森の出口に、立っていました。

それ以降、母のその手の感覚、ぬくもりが、
わたしを真に生かしています。

この日を境に、徐々に心の目は開かれていきました。

目の前の人の、肉体・姿かたちを超えたところで、確かに光輝く存在があります。

それを見続けることが、森に迷い込まないための「道しるべ」だと
最初に教えてくれたのが、母でした。

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